目指すところは、いい塩梅

40代からの心地いい暮らしを見つけたい

お弁当の思い出

夫婦二人の生活になり

時間的に、割りと余裕が出来て

のんびりお風呂の入る時間も取れるようになりました。

 

せっかくのんびりお風呂に入れるのならと

お供に文庫本を持ち込んで、読んでいます。

 

小説だと切りのいいところまでなんていっていると

のぼせてしまうので、もっぱらエッセイを読みます。

 

最近、読んだのは松浦幸太郎さんの

「伝わるちから」

 

お弁当作り 

その中で、お弁当作りというエピソードがあって

学生のころの思い出で、共働きのお母さんが作ってくれるお弁当が

いつものり弁なのを、お母さんにこう言ったことがあったそう。

 

「いつののり弁。今日ものり弁。明日ものり弁。」と

 

すると、その次の日のお弁当がそぼろ弁当になっていて

お母さんを傷つけた気持ちになって

なかなか食べられなかったという。

 

中学生の頃のお弁当の思い出

この思い出の話の部分を読んで

私は中学生のころ

弁当を隠して食べていたのを思い出しました。

 

多分、他の友達のお弁当となんら変わったことは

なかったと思います。

 

違うのは、母の作る卵焼きは醤油をいれるのでちょっと茶色いくらいかな。

 

今となっては何が嫌だったのかも思い出せないくらいの

ほんのちょっとしたことだったと思うのだけれど

その時は、恥ずかしいと思っていたのだと思います。

 

母が亡くなってしまった今となっては

その少し茶色い卵焼きも食べることは出来ないし

わざわざ隠して食べていたことを

母に話したことはないのだけれど

毎日作ってくれていたのに悪いことしてたなと思うと

お風呂の中で、本を読みながら

ふわっと涙が溢れてきました。

 

最後に

自分が作ってきたお弁当はどうだったかなと考えると

二人の子どもたちはよく文句も言わず

食べてくれていたなと思います。

 

あまり料理が得意な母でないのは

重々承知だったようで

キャラ弁をリクエストされたこともありませんしね。

 

それでも、また作る機会があれば

次は頑張ろう!と思ったりしたのでした。