目指すところは、いい塩梅

40代からの心地いい暮らしを見つけたい

貢献感だけでは、家事は出来ない

先週の火曜サプライズから思ったこと。

 

ゲストの生田斗真さんが

「誰かのためにというのなら

料理をするのも、いいんだけれど

自分の食事を作るために、買い物に行って

料理を作って、片づけをするのは嫌だから

外食をするんだ」というような発言をされてたのを聞きました。

 

確かに、誰かのために作って美味しいねって

言われれば嬉しいですし

また頑張ろうとも思います。

 

でも、子どもも巣立って、夫婦二人の生活になってみて

そういう貢献感だけに頼っていては

家事は出来ないことに気づきました。

 

つい最近、ご近所さんも

庭の草取りをしても、誰もほめてくれないからする気にならないと

言われていました。

 

わかります。

わが家も庭の草をどれだけ取ったところで

誰からもほめられるわけでもなく

ねぎらわれるわけでもありません。

 

だからと言って、ほったらかしでは草は生え放題だし

見苦しくなれば、指摘はされる。

 

なので私は、誰かの為はまず自分の為

と思ってするようにしています。

 

食事は本を見て作るのであれば

自分が美味しそう!って思ったものを作る。

 

それが、家族の口にも合えばラッキーくらいの感覚です。

 

庭の草取りも、取った草を盛っていき

「お~今日はこれだけ頑張った!」

と、自己満足すればいいのです。

 

草の取れた庭に、花でも植えてみようかな~とか

自分で出来る楽しみを見つけるのです。

 

誰かのためにしてあげるのは、いいことなのだけれど

ともすると、こんなにしてあげたのにとか

私ばっかりしてるし、という不満にならなくもない。

  

子どもがいる時には子供のために

介護する犬がいた時には、犬のために

そして、それらが無くなった時

わたしは、今まで何をして過ごしていたのだろうという虚無感に襲われました。

 

「誰かのために」で幸せを感じることは

無いと寂しいけれど、それだけではとても危険です。

 

まずは、一番近くにいる自分のために

自分が喜べるような、方法なり考え方なりを見つけて

毎日が楽しい自分であることが

まわりにいる誰かのためになっていくと

私は、信じています。

 

それではまた。

 

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